乱読派の読書メモ

本好きの本好きによる本好きのための読書記録

「幻の光」宮本輝

幻の光(新潮文庫)

 

学生の頃、やたら宮本輝が好きだった時期があった。

言うまでもなく内容なんて覚えちゃいないんだが「好きだった」ことだけはぼんやり覚えている。

それを証明するかのように自宅の本棚には数冊の著作があった。

大人になってから読み返していないので、今作は実に30年ぶりくらいの宮本輝ってことになる。時の流れって怖い…

 

表題作ほか3篇収録の短編集。

いずれも一人称で描かれる語り物で、通して感じられるのは薄灰色の靄のかかったものがなしい人生観の色と、そこに差し込む微かで朧げな弱弱しい、でも暖かい光、といった風情。

 

「幻の光」

表題作、奥能登を舞台に取った中年にさしかかった女性の人生観と死生観が関西弁で訥々と語られる。

象徴的なシーンの描写は見事で、そこから紡がれる情景は文句なくリアルだ。色も温度も匂いも伴ってくる。それがために顔をしかめたくなるような不快さまでも伝わる。

 

「夜桜」

小品その1。丘の上の邸宅で半生を悔いる中年女性のもとへ訪れる屈託ない未来を疑わない若い男女を対象的に置いて、人生の美しさ儚さを桜に代弁させている。

 

「こうもり」

小品その2。個人的には収録作の中でもっともわかりにくかった作品。

描かれた事柄がどちらかといえば醜悪で、感性的に受け付けなかったせいもあるのかも。

 

「寝台車」

収録作の中では個人的にこれが一番好きだった。

闇の中をガタゴトゆっくり進む電車の中で人のなかに漂うさまざまな物悲しさを孕みつつ、明けない夜はないとばかりにそれでも前を向くラストには胸にほんのり明かりが点るような読後感だった。

 

以上4篇、30年前のわたしがどういう気持ちでこれを読んでいたのかもう知ることはできないけど、今のわたしにとってはそう面白いものではなかった。

昭和だなと随所に思える表現で郷愁はあったけど、人生観や死生観は30年という月日でわたし自身大きく変化を繰り返してきている。

国語の教科書に載っている代表みたいな文章から、新しく何かを与えられるという感動はもう望めないのかもしれない。

わかりやすく刺激的なものばかりに触れて長い時間過ごせば、感性が鈍くなり、理解力が低下して、繊細なものを感じ取る能力が退化してくるのも道理だ。

だからこそ、ときどきはこういうものも読んでおこうと改めて思った。

 

唯一、当時宮本輝が好きだった理由に思い当たった。

この人の筆は哀しさにあふれているけど、絶望や陰鬱、陰惨などはない。

描写は緻密でありながらどこか幻想的で、映像が柔らかく優しい。

そして必ず、希望の光がどこかにわずかにあるからだ。