有栖川有栖氏のジャンル分け不可な作家が主人公の不思議な短編集。
この人の作品は大好きで、数もかなり読んでいる。
おもに作家アリスシリーズと学生アリスシリーズだが、それ以外も追々紹介して行けたらと思っている。
本格ミステリ作家さんなのだけど、なんか文体やら雰囲気がものすごーく自分にマッチするので、小難しい本を読んだ後なんかにきまって読みたくなる。
たぶん思うに、すごくバランスがいいのだ。
濃厚すぎず、軽薄すぎず、クソマジメでもなく、かといってふざけすぎるわけでもなく。
うならせる描写があったかと思えば何言ってんだって思わず苦笑しながらツッコミたくなる描写があり。
視点の絶妙さも半端ない。主人公目線だとベロベロになっちゃうけど、三人称だとアングルが遠すぎると言うか、その距離感がほんとちょうどいい。
主人公の頭の斜め後ろあたりからつかず離れず見せてくれてる感じ。うわって一緒に目を覆うこともあれば、なにやっとんねんって後ろ頭をはたいてツッコミたくなったり。
そしてほんとうにたくさん本やら映画やら、どころかジャンル問わずあらゆる興味のある対象に触れ合っている作者さんなんだといつも思わせてくれる。
前置き長くなったが当作品は作家が主人公のミステリやらホラー色の強い、でもジャンル分けがちょっと難しく感じるような短編8本。
さらっと触れてみよう。
「書く機械」
あり得ないのにうっかり「エッ、これひょっとして実話?」と思わされる。
すぐ煽られちゃうチョロさもある意味作家らしくもあり(失礼)、ラストの背筋がゾッとする感じもたまらない。
「殺しにくるもの」
これはもう、初読のときはラストページでウッってなった。予備知識なしに読んでほしい。
「締切二日前」
たいへんコミカルで、でもはかとなく漂う不穏さ。
ドキッとさせてからのはぁーというラストもいい。妄想の余地も残る。
「奇骨先生」
今作の中ではちょっと異色と言えるかも。
現代の出版界の抱えるいろんな問題にスポットを当てつつも、作家の風変わりで気難しい、あるいは狭小で思い込みの激しい、めんどくさい人がよく描かれてる。
「サイン会の憂鬱」
愉快な話だったはずのオチ、からのラスト一文でいっきにミステリ色の強い話に。
こういう手腕はほんとさすが。
ちなみにサイン会ってあまり楽しそうじゃないよね。芸人の営業みたいで、気苦労が多そう。
「作家漫才」
漫才仕立てでもろもろ織り込んであって、作家らしさと芸人らしさがいかんなく発揮された良作(いやいや芸人じゃないって)。
「書かないでくれます?」
ミステリというかホラーというか、安定のいい味。
「殺しにくるもの」と同じく犯人の動機が謎で、妄想の余地を残し過ぎててもったいなくすら感じちゃうけど。
「夢物語」
作家にしか書けない、作家にしかわからない苦悩と孤独が存分に描かれた作品。
ラストの解釈はさまざまだろうが、個人的には頭かきむしってうがあああって叫びたくなるような、ますます苦悩が深まる感じだったな。
そのどれもが重すぎず、怖かったり不可解だったりするのに不快感がまるでない、のがこの作者の魅力。
まだ未読のものがあるのが嬉しい作家さんです。